ボツワナ


国旗のデザインの由来と意味


水色は空と水、特に雨をあらわし、の線は、アフリカ系黒人と少数派の白人(人口の約1%)の融合をあらわしています。

ボツワナは、かつて「英領ベチュアランド」と呼ばれていましたが、1966年にイギリスから独立するにあたり、新しい国名と国旗を制定しました。この明るい色調の水色は、国内の主要8部族のいずれの旗にも使われていないということで選ばれた色です。

国土の大半が、カラハリ砂漠という極端な乾燥地を抱えていることから、生命の源である水への渇望をあらわした国旗になりました。また国章には、ツワナ語で「PULA(雨、雨よ降れ)」と書かれていて、国旗と一体をなすデザインになっています。


ボツワナの国章

国章は、カラハリ砂漠の砂をあらわす白い盾型紋章。工業をあらわす3つの歯車、川をあらわす3本の青い波線、牧畜をあらわす牛の頭、盾の左右には象牙とモロコシを掲げた2頭のシマウマで構成されています。下のリボンに記されているのが、「PULA(雨、雨よ降れ)」。


また、ボツワナ国旗の白と黒の線には、国章に描かれているシマウマの模様もあらわされているともいわれています。


ボツワナの国名について

国民の大多数を占めるツワナ族の名前に由来。「ツワナ」はバントゥー語で「切り離されている人」を意味し、「ツワナ族の国」を指す。


ボツワナの歴史


ボツワナは、かつてイギリスの保護領だった時代には「英領ベチュアナランド」と呼ばれていました。
国土の南半分がカラハリ砂漠で占められている内陸国で、北には貴重な湿地も見られますが、国の大半の土地が人間の居住には適さないといわれています。

国の財政を支えているのは、1967年から本格的な採掘が始まったダイヤモンド鉱石。しかし、所得格差が大きいため、国民の多くは南アフリカへの出稼ぎによる送金に頼っています。


  • 狩猟採集のサン人(ブッシュマン)が住んでいたこの地に、17世紀頃、ツワナ人が住み着き、18世紀にツワナ首長国を建てた。
  • 1835年、南からオランダ系移民のブール人が侵入してくると、ツワナ王のカーマ3世はイギリスに保護を求め、1885年にイギリスの保護領ベチュアナランドとなる。
  • 1910年には南アフリカ駐在のイギリス高等弁務官(特命全権大使)の管轄のもとに入る。
  • 第二次世界大戦後の1962年、カーマ3世の孫のセレツォ・カーマがベチュアナランド民主党(のちのボツワナ民主党)を結成して独立運動を進め、1966年にイギリス連邦内のボツワナ共和国として独立。カーマが初代大統領に就き、複数政党制のもとで政権を握る。
  • 多数派の黒人と少数派の白人との融和を進め、政情は安定している。

ボツワナの国データ



正式名称 ボツワナ共和国
英語表記 Republic of Botswana
漢字表記 博茨瓦納
首都 ハボロネ
略号 BWA
面積 56万7000㎢(日本の約1.5倍)
人口 225万人


通貨 プル
言語 英語、ツワナ語
民族 アフリカ大陸系、マレー系、その他18部族
宗教 キリスト教、伝統宗教、イスラム教
独立年 1960年にフランスから独立
国旗の比率 2:3
在留邦人数
84人

Information


ボツワナ国旗
(3:5)


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