マダガスカル


国旗のデザインの由来と意味


マダカスカルは、アフリカ大陸の南東のインド洋にある島国。
アフリカ諸国では赤・黄・緑汎アフリカ色を使うことが多いですが、マダガスカルの国旗は赤・白・緑の3色です。

かつてのメリナ王朝時代(マレー系民族)の伝統色であるに、マレー系以外の民族をあらわす色としてを加えた配色となっていて、これは国民の多くが、アフリカ系よりもアジア系であることを物語っています。同時に、は主権、は純粋さ、は希望と海岸地方をあらわします。

この国旗は、旧宗主国のフランスから自治権を獲得した1958年に制定されました。
国旗制定当時には、画期的な配色について記者から尋ねられた政府高官が、「こんなに独立国が増えると、限られた色で国旗のデザインを決めるにはこうでもしなくては…」と発言したことが『タイム』誌に報道され話題になったのだとか。


マダガスカルの国章


1998年から使用されている、黄色い円形紋章。中央の白い円の中に、マダガスカルをあらわす赤い地図があり、背後に7枚の緑のタビビトノキ(マダガスカル原産のバナナに似た植物)と、8本の赤い太陽光線が広がっています。

白い円の下にいる動物の頭は、コブウシという家畜牛の一種。奥には稲田。緑の稲穂のリース中央にあるリボンには「祖国、自由、進歩」と記されています。


マダガスカルの国名について

マレー語の「マラ(山)」と「ガシュ(人々)」で「山の人々」という意味。アフリカに「モガディシュ」という港があるというのをマルコ・ポーロが「マダガスカル」と聞き間違え『東方見聞録』に記載したという説もある。


マダガスカルの国旗の歴史


この島国では、18世紀にメリナ王国が勢力を伸ばしました。1817年に制定された国旗は、の2色旗でした。


メリナ王国の国旗(1817-85)

白・赤は、マダガスカル人(マレー系民族)にとって伝統的な色。現在の国旗🇲🇬にも採用されていて、国民の大半がマレー系民族の国、インドネシアで13世紀末から使われているシンボルカラーとも一致します。


18世紀末には島の大半を支配したメリナ王国でしたが、1885年にフランスが領有し、保護国としました。


マダガスカル域旗(1885-96)

フランス領マダガスカル域旗は、赤い三日月が置かれた青・白・赤の横三色旗でした。

結局メリナ王国は1896年に滅亡。フランス領となります。


そして第二次世界大戦後、「アフリカの年」と呼ばれる、アフリカ諸国17ヵ国が独立を達成した1960年に、マダガスカルもフランス共同体内の共和国として独立。現在の国旗🇲🇬が制定されました。


マダガスカルの歴史(略史)


マダガスカルは、世界で4番目に多い島国です。マダガスカル島と周辺の小島からなり、島全体が熱帯圏。独自の進化を遂げた動植物の宝庫として知られていますね。
原猿と呼ばれるアイアイやワオキツネザル、シファカをはじめ、バオバブの木、タビビトノキといった固有種が多く見られる特異な風土を持っていて、カメレオンの故郷ともいわれています。


  • 1世紀頃、東南アジアのボルネオ島からマレー系の民族が移住。9世紀頃からアラブ人が進出し、大陸のアフリカ人が奴隷として入植させた。
  • 1500年、ポルトガル人が来航。17世紀半ばにフランスが要塞を建てた。18世紀末にはメリナ王国が島の大半を支配した。1885年、メリナ王国はフランスの保護国となる。
  • 第二次世界大戦後の1960年、フランス共同体内の共和国として独立。
  • 1975年に最高革命評議会のラチラカが政権を握り、国名を「マダカスカル民主共和国」と改めて社会主義路線を進む。
  • 1992年に自由主義路線に転換し、憲法を改正し、国名を「マダガスカル共和国」と改めた。

マダガスカルの国データ



正式名称 マダガスカル共和国
英語表記 Republic of Madagascar
漢字表記 馬達加斯加
首都 アンタナナリボ
略号 MAD(IOC/IPC)
面積 58万7295㎢(日本の約1.6倍)
人口 2626万人


通貨 アリアリ
言語 マダガスカル語、フランス語
民族 アフリカ大陸系、マレー系、その他18部族
宗教 キリスト教、伝統宗教、イスラム教
独立年 1960年にフランスから独立
国旗の比率 2:3
在留邦人数
140人

Information


マダガスカル国旗(3:5)


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