トルコ


国旗のデザインの由来


新月旗月星章旗と呼ばれてるトルコの国旗。英語ではCrescent flag(クレッシェント・フラッグ)、トルコ語ではAy Yildiz(アユ・ユルドゥス)と呼ばれています。

世界でももっとも古い歴史をもつ旗のひとつで、その起源にはいくつかの説があります。

  • 紀元前4世紀、マケドニアのフィリッポス2世の軍がビザンチウム(今のイスタンブール)を攻撃しようと、城壁の下を掘って侵入を試みた。その際、三日月の光がこれを照らし出したため、ビザンチウムの町は救われた。
  • 1295年にオスマン帝国を建てたオスマン・ベイが、三日月が次第に大きくなって全天を覆う夢を見た。
  • セルジューク・トルコのアラジンによってもたらされた旗に星を加えた。
  • 月の女神ディアナ(アルテミス)と、聖母マリアにちなんだ「明けの明星」を示すとも言われる。

19世紀のはじめには、星は8稜星でしたが、1866年のアブドゥル・メジトの治世時代に5稜星に変更されました。

現在この新月(三日月)と星の組み合わせはイスラム教の象徴とされていますが、もともとイスラム教の普及以前から使われていました。しかしやがてこのデザインは、イスラム世界全体のシンボルとして定着し、のちのイスラム諸国の旗に大きな影響を与えました。現在では、は勇気をあらわし、新月と星は進歩と全トルコ人の団結・独立をあらわす善と幸福の象徴、とも言われています。

トルコの国名について

国名のトルコは、アナトリアへの移住以前のトルコ人の祖先、中央アジアに住んでいた「Türk」、テュルク人に由来します。「力強い人、軍団」を意味する言葉。


トルコ建国の父、ムスタファ・ケマル・アタテュルク


さて、トルコと言えば、アジアとヨーロッパの接点にあり、古くから東西文明の十字路として発展した国。中世以降はオスマン・トルコ(この呼び方は今では使われていません)が一大帝国を築き、西アジア一帯にイスラムの文化が広く定着しました。

しかし、第一次世界大戦で敗北すると、当時のオスマン帝国の皇帝は弱腰で、連合国の意のままにされていました。かつては栄華を誇ったオスマン帝国ですが、大戦後には「溺死の病人」とまで言われていたのです。

この状況を救ったのが、トルコの「建国の父」として有名なムスタファ・ケマル・アタテュルクです。軍人としてキャリアを積んだ人物で、第一次世界大戦中のガリポリの戦いでは、イギリス海軍大臣だったウィンストン・チャーチルを破り一時失脚に追い込みました。

彼は、オスマン皇帝に反旗を翻し、ギリシア・トルコ戦争で形成を逆転させます。これがきっかけで、第一次世界大戦の敗北国にもかかわらず、連合国側に要求を飲ませました。オスマン皇帝は退位し、スルタン制は廃止。ムスタファ・ケマルを初代大統領として、トルコは共和国として新しい国となりました。




彼が行ったトルコの近代化には、政教分離、軽工業の開発独裁(トルコの産業革命)、文字改革(アラビア語をアルファベットに変更)、文化遺産のトプカプ宮殿やアヤソフィア大聖堂を一般解放した...など多岐にわたります。また、女性はもっと表に出るべきとして、それまでのオスマン帝国のイスラム文化から女性を解放しました。

ムスタファ・ケマル・アタテュルクは今でも「トルコの父」として国民に敬愛されていて、とても人気があります。


トルコの国データ


正式名称 トルコ共和国
英語表記 Republic of Turkey
漢字表記 土耳古(略記:土)
首都 アンカラ
略号 TUR
面積 78万576㎢(日本の約2倍)
人口 8200万4000人

通貨 トルコ・リラ
言語 トルコ語
民族 トルコ人、クルド人、アルメリア人、ギリシア人など
宗教 イスラム教(スンニ派・アレヴィー派)、キリスト教、ユダヤ教など
建国年 1923年(トルコ共和国建国)
国旗の比率 2:3
在留邦人数 1791人

Information


トルコ国旗(3:5)


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