ハイチ


国旗のデザインの意味と由来


ハイチは、世界初の黒人国家としてフランスから独立した輝かしい歴史を持つ国。そんなハイチの国旗には、白人支配からの脱却と自由への願いが込められています。
はアフリカ系黒人、は白人と黒人の混血(ムラート)をあらわします。白人支配からの脱却をあらわすため、旧宗主国のフランスの国旗から白人を連想させるを取り除いた、青×赤の縦二色旗がもとになりました。

中央の紋章には、自由の象徴のフリジア帽がついたヤシの木の下に、大砲、ライフル、太鼓、トランペット、軍旗といった勇ましいものが並び立てられています。


下のリボンにフランス語で記されているのは、国の標語で「L'Union fait la Force(団結は力なり)」。

フリジア帽は、古代ローマで解放された奴隷が被るものでした。この起源からフリジア帽は隷従から自由への解放の象徴とされています。


ハイチの国名について

「ハイチ」は先住民の言葉で「高地、山地」という意味。15世紀、コロンブスによって「イスパニョーラ島」と名付けられスペイン領になった。


ハイチ革命と黒人奴隷解放


ハイチは、カリブ海のイスパニョーラ島にある国です。15世紀にコロンブスが到達しスペイン領となった200年後、島の3分の1がフランスに割譲され、ハイチはフランスの植民地となりました。

先住民は全滅。フランスは大量の黒人奴隷を送り込み、プランテーションで働かせました。生産されたサトウキビやコーヒー豆がフランスに莫大な富をもたらし、18世紀のハイチは「カリブ海の真珠」と呼ばれるほどに、植民地として発展しました。

1791年のことです。宗主国フランスで起こったフランス革命の影響によって、自由を求める黒人奴隷達が一斉に蜂起し反乱を起こしますハイチ革命。フランス革命は自由と平等を掲げた革命だったので、この奴隷反乱は同情を集め、1794年にフランス国民公会は奴隷制の廃止を宣言しました。

この頃、ハイチで反乱軍の指導者として活躍したのが、黒人のトゥサン・ルヴェルチュールという人物です。革命介入のためにハイチを攻撃しに来たイギリス軍と戦い、これを撃退。1800年には憲法を制定し、ハイチ独立宣言を行いました。


演説を行うトゥサン・ルヴェルチュール

ところが… その後フランスで権力を握ったナポレオンは、植民地・奴隷制の維持に転じたのです。ナポレオンは、ハイチに2万3千の軍隊を派遣し、独立を弾圧しました。あげく、トゥサンに「投降すれば独立を承認する」といって罠にかけます…。トゥサンはフランスに送られ、獄中でこの世を去りました。

しかしハイチではその意志を継いだ黒人指導者が独立闘争を続け、1804年1月1日に独立を果たしました。こうしてハイチはアメリカ合衆国に続き、西半球で2番目の独立国となり、世界の歴史でも唯一の奴隷の反乱を成功させたというわけです。


ハイチを放棄せざるを得なくなったナポレオンは、新大陸全体の植民地政策の構想を打ち破られ、1803年にアメリカ合衆国にルイジアナ植民地を売却し、西半球における植民地事業への興味を失っていきました。

ハイチ革命で黒人奴隷の解放が実現したことを記念して、毎年8月23日(黒人奴隷達が蜂起した日)は「奴隷貿易とその廃止を記念する国際デー」として黒人奴隷制・黒人奴隷貿易の歴史を振り返る日となっています。


ハイチの国旗の歴史


もともと、ハイチ革命で使われた反乱勢力の旗には、「LIBERTE OU LA MORT(自由か死か)」という標語が記されていましたが、独立した1804年、白字の標語を取り除いた縦二色旗が国旗に制定されました。(横二色旗のバージョンもあったようです)


ハイチの反乱勢力の旗


ハイチ共和国の旗(1804-1805)


そして1805年、トゥサン・ルヴェルチュールの死後にフランス軍を打ち破り、世界初の黒人による共和国を建国した初代元首のジャン・ジャック・デサリーヌは、ナポレオンに倣い、ジャック1世として皇帝に即位しました。


ジャン・ジャック・デサリーヌ

ハイチ帝国の旗(1805-1806)

ハイチは帝国となり、国旗の配色が変わりました。

皇帝ジャック1世の暗殺後、ハイチは北部のハイチ国と南部のハイチ共和国に分裂します。1820年には南部ハイチ共和国が北部を統合し、ハイチ共和国を再び統一。国旗は、青×赤の横二色旗に。


ハイチ共和国の国旗(1820-1849)

その後もハイチはアメリカに占領されたり、独裁政権になったり、軍事政権になったりと、めまぐるしく体制がかわり、国旗も数回変わっています。


ハイチの国データ


正式名称 ハイチ共和国
英語表記 Republic of Haiti
漢字表記 海地
首都 ポルトープランス
略号 HTI
面積 2万7750㎢(北海道の約3分の1)
人口 1112万人3000人

通貨 グルド
言語 フランス語、ハイチ・クレオール語
民族 アフリカ系、その他混血
宗教 キリスト教(カトリック、プロテスタント)ブードゥー教など
独立年 1804年にフランスから独立
国旗の比率 3:5
在留邦人数 32人

Information


ハイチ国旗(3:5)


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