中国


国旗のデザインの由来


赤旗に5つの五角星を置いた中国の国旗は、「五星紅旗」と呼ばれています。(中国では、赤いことは「赤」よりも「紅」と表現されます。)

は革命を、黄色は公明をあらわし、左上の大きなは、中国共産党をあらわします。そして4つの小さな星は、国民である、労働者・農民・小資産階級(知識人)・愛国的資本家と、国民の団結を意味しています。

よく見ると4つの小さな星は、大きな星を中心に半円を描くように並べられています。

これはつまり、絶対的権力を持った中国共産党の指導のもとで団結する中国人民の姿を、星の配置によってあらわしたデザインなんです。



中国の国旗は、ソビエト連邦の国旗によく似ていますよね。その理由は、五星紅旗が、共産党独裁による社会主義国の盟主、ソ連の国旗にならったものだからです。

また中国では、伝統的に赤は縁起の良い色、あるいは魔除けの色として、国民の大多数を占める漢民族の人々に好まれた色でもあります。
そのため、単に社会主義の象徴としてのみ選ばれたわけではないともいわれています。

五星紅旗が誕生したのは、第二次世界大戦が終わって間もない1949年のこと。この年、毛沢東率いる中国共産党が、蒋介石率いる中国国民党との内戦に勝利し、中華人民共和国が成立。
この建国宣言に先立って、国旗のデザインが公募され、数多くの応募作品の中から、経済学者である曾聯松(そうれんしょう)のデザインが選ばれました。

草案の中にはこんなデザインもありましたが、ソ連の国旗と類似してしまい、鎌と槌に象徴される労働者や農民が、一部小さな星の意味と重複してしまうという理由で不採用となりました。


中国国旗の草案のひとつ

1991年のソ連解体後も、中国は政治的には社会主義を維持しながら、一方で資本主義の市場経済を取り入れ「世界の工場」として驚くべき成長を遂げました。
現在では、中国は日本を抜き、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となっています。


1949年12月にモスクワで開催された、ヨシフ・スターリン生誕70周年記念式典に参加している毛沢東


中国(中華人民共和国)の国名について

「中華」は「世界の中央に位置する華やかで優れた国」という意味で、漢民族の誇りと自負をあらわす。「華」は中国最古の王朝「夏(か)」から来ているという説もある。

また、「中華」は生粋の漢語だが、「人民」と「共和国」は日本で作られた中国語風の「造語」。(幕末から明治期にかけて、西洋の学術書を日本語に翻訳する際、新しい概念として造語されたり、古くからある漢語に新しい概念を付け加えて転用された。)それらが中国に逆輸入され、中国語にも取り入れられた。


中国の分裂と国旗の歴史


中国はとても古い歴史を持つ国ですが、「中華人民共和国」は、1949年に建国が宣言された比較的新しい国で、建国以来同じ国旗を使っています。

ここでは、17世紀に満州に建国され、1912年まで中国とモンゴルを支配した最後の統一王朝、の滅亡から、中国が台湾と分裂するまでの歴史を大まかに辿りながら、象徴的な旗を順番に見ていきます。


清の国旗(1862-81)

これは清朝が、1862年に制定した国旗です。
5本の爪を持った青龍と、幸運・繁栄をあらわす赤い真珠を描いた直角三角形の旗で、「黄龍旗(こうりゅうき)」と呼ばれています。


19世紀後半になると、清では西太后が摂政として実権を握っていましたが、日清戦争(1894-95)で清が日本に敗れると外国の侵略が激しくなり、国の力は衰えていきます。


宦官に担がれた神輿に乗る西太后


そんな中、孫文をはじめ革命派の人々は、清朝を倒して新しい国をつくることを目指しました。


1912年、孫文に率いられた辛亥革命の翌年、アジア初の民主共和国「中華民国」が成立。
当初はこんな五色旗が使われていました。


中華民国の国旗(1912-28)

は漢族、黄色は満州族、はモンゴル族、はチベット族、はムスリム(ウイグル族)をそれぞれあらわし、混乱期の中国にあって、民族の融和を最大限に強調した旗だったといえます。


中華民国成立の翌月、映画『ラスト・エンペラー』で知られる、清朝最後の皇帝宣統帝(愛新覚羅溥儀)が退位し、清は276年の歴史に幕を閉じます。


その後、孫文は権力闘争に敗れて北京を逃れ、広東で中国国民党を結成します。次第に勢力を拡大し、1925年には広州で国民政府を樹立。五色旗を使う北京政府に対抗し、新たな国旗を定めました。

それがこちらの旗。「青天白日満地紅旗(せいてんはくじつまんちこうき)」、通称「青天白日旗(せいてんはくじつき)」と呼ばれ、現在の台湾に継承されている旗です。


中華民国の国旗(1928 – 現在)

青・白・赤の3色は、孫文の革命理論「三民主義」(民族の独立・民権の伸長・民生の安定)をあらわすと同時に、自由・友愛・平等の象徴でもありました。太陽の12本の光芒は、12ヵ月・十二支などをあらわし、中華民国の絶え間ない進歩を示しています。


ややこしい話ですが、つまりこの時代の中国(中華民国)には、五色旗と、青天白日旗の2つの国旗が存在していたのです。そして1928年、孫文の正式な後継者、蒋介石率いる国民政府が全国を統一し、正式に青天白日旗が国旗となりました。

その後中国では、蒋介石の国民政府と、毛沢東の中国共産党による内戦が続きます。日中戦争(1937-45)が起こると、共通の敵日本に対抗するため、内戦は一時停止となりましたが、第二次世界大戦で日本が敗北すると、再び内戦が始まります。

結局、中国共産党がこの内戦に勝利。1949年10月、中華人民共和国の成立が宣言され、蒋介石の国民政府は台湾島に逃れ、ここに中国は2つに分裂することになりました。

台湾に移った中国国民党は、国号をそのまま「中華民国」(現在の台湾)とし、国旗も青天白日旗を継承し、現在にいたります。

台湾は複雑な事情の中、さまざまな困難を抱えながらも民主化と工業化を推進し、いまではデジタル最先端の技術大国へと変身を遂げました。


チャイニーズタイペイ
オリンピック委員会の旗(梅花旗)

しかし、台湾を国家として承認している国は多くありません。台湾以外で青天白日旗が掲揚される機会は少なく、オリンピックなどの国際的なスポーツ大会に出場するときには、国名も「チャイニーズタイペイ」として出場し、「梅花旗」と呼ばれる旗を国旗の代わりとして使用しています。


香港とマカオの旗


香港とマカオは、「一国二制度」と呼ばれる体制がとられた中国内の特別行政区です。一国二制度というのは、中国というひとつの国に、ふたつの政治制度(資本主義と一党独裁社会主義)が存在する制度のことで、中国の一部である香港やマカオに、中国本土とは異なる政治制度(資本主義)を適用することを指します。

他にも中国国内には、チベット自治区や新疆ウイグル自治区など、難しい問題を抱えている自治区が存在します。また、「もうひとつの中国」と言いあらわされる中華民国(台湾)の独立問題などもあり、今後の中国の動向に世界が注目しています。

ここでは中国国内の特別行政区、一国二制度の香港とマカオの域旗を紹介します。

香港の域旗


香港の域旗

香港は、アヘン戦争(1839-42)によってイギリスの植民地となって以来、世界の貿易港として発展を続けました。1997年、150年あまりの時を経てようやく中国に返還され、特別行政区とされました。


白で描かれているのは、バウヒニアという香港の代表的な花。本来は赤紫の花ですが、地色に赤を使っているため白で表現されています。花びらの中には、中国をあらわす5つの赤い星が置かれ、中国との一体感をあらわしています。また、赤は社会主義、白は資本主義をあらわし、2色で一国二制度を示しています。


マカオの域旗


マカオの域旗

マカオは、かつてはポルトガルの植民地でした。1999年に中国に返還され、香港と同様に、独自の社会・経済制度が許されています。


旗の中央にあるのは、マカオをあらわす白い蓮の花。その下の山型の線は、マカオ半島と島の架け橋となるマカオ・タイパ橋を図案化したもので、さらにその下にある4本の線は海をあらわします。5つの黄色い星は、香港と同様に中国の五星紅旗にならったもので、中国本土との一体感をあらわしています。


中国の歴史


  • 紀元前6000〜前5000年頃から黄河文明・長江文明が形作られ、紀元前16世紀頃には最古の王朝である殷(いん)が興る。その後、周(しゅう)が続き、春秋戦国時代を経て、紀元前221年に秦(しん)が統一する。
  • 秦の統一後、漢王朝が領域を広げ、三国・南北朝の分裂時代へと移り、ふたたび隋(ずい)・唐(とう)による統一から五代十国時代の分裂と、統一と分裂を繰り返す。
  • 五代十国時代の分裂時代を統一した漢族の宋(そう)以降は、モンゴル族の元、漢族の明(みん)、満州族の清(しん)のように、漢族と周辺の諸族による支配が交互に成立する。
  • 清王朝の中期になると、現在の中国とほぼ同じ領域の支配が完成。
  • 清王朝後期になると、ヨーロッパや日本などが中国に侵略を始め、1839〜42年のアヘン戦争でイギリスに敗れ、1894年の日清戦争でも日本に敗北する。
  • 1911年、辛亥革命が起こり、翌年に中華民国が成立。中国国内での混乱が続く中、日本との1931年の満州事変を経て、東北部に満洲国が成立する。さらに1937年に日中戦争が始まり、1941年からの太平洋戦争へと続く。この間、日本軍に対する抗戦が行われた。
  • 1945年の日本の敗戦の後、中国国民党と中国共産党による内戦が始まり、1949年、共産党による中華人民共和国が成立。敗れた国民党は台湾に逃れる。
  • 中華人民共和国は社会主義の建設を目指すが、経済政策の失敗、1960年代の中ソ対立、10年に及ぶ文化大革命を経て、1980年頃から改革・開放政策が進められた。その後、経済は急速に発展し、2010年には世界第二の経済大国となった。

中国の国データ



正式名称 中華人民共和国
英語表記 People's Republic of China
漢字表記 中国(略記:中、華)
首都 北京
略号 CHN
面積 960万7000㎢(日本の約26倍)
人口 13億9000万人


通貨 人民元
言語 中国語(北京語)、各民族語
民族 漢民族(総人口の約92%)および55の少数民族
宗教 仏教、イスラム教、キリスト教など
独立年 1949年に中華人民共和国が成立
国旗の比率 2:3
在留邦人数
12万4162人

Information


中国国旗
(3:5)


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