イスラエル


国旗のデザインの意味と由来



イスラエルの国旗の中央には、日本では一般的に「ダビデの星」や「六芒星」と呼ばれるシンボルが置かれています。しかし実は、イスラエルの人々から見れば、このシンボルは星ではありません。
イスラエルの国語であるヘブライ語では「magen david(マゲン・ダヴィッド)」と言い、「ダビデの盾」をあらわしたシンボルなのです。

ダビデとは、紀元前1000年〜前961年頃に在位していた古代イスラエルの王で、聖書の「詩篇」の大部分は彼の詩歌であるとも言われてきました。ダビデ王は、何度も殺されそうな危機を乗り越えるのですが、そのことを「詩篇」の中で、「神こそ… 寄り頼む者の盾である」(詩篇18篇30説)と神を賛美しました。ですから、この「ダビデの盾」を見ると、ユダヤ教徒は「ダビデを守護した神の盾」を思います。

また、旗の上下の青いラインは、ユダヤ教徒の男性が神に祈りをささげるとき、頭からすっぽりかぶる「タリート」と呼ばれる祈祷用のショールの色に由来したもの。はパレスチナの空、は清浄・純潔、またシオニスト(自分たちの国家をパレスチナに作ろうという志)の心をあらわしています。


イスラエルの国名について

イスラエルの名は、旧約聖書に登場するユダヤの先祖ヤコブに授けられた「イスラ・エル(神の戦士)」に由来する。


イスラエルの国旗の歴史

古代イスラエルの地で、故郷ユダ王国を滅ぼされたユダヤ人は、世界各地に離散し、差別や迫害といった苦難の道を歩んでいました。そこで自分たちの国を再興しようと、1897年、ユダヤ、イスラエル文化の復興を目的とした初の「シオニスト会議」がスイスで開催されました。提唱者は、のちに建国の父と呼ばれるようになったオーストリアのユダヤ人記者、テオドール・ヘルツル

ここから、「心の故郷であるシオンの地(エルサレム市街にある丘)に帰ろう」というシオニスト運動が始まり、この会議の中で国旗も決められました。ヘルツルの後継者ウォルフソーンが、「モーゼの時代から、我々は自分の色、すなわち青と白を持っている。タリース(ユダヤ教の祈祷者の肩掛け)の色だ。この色で古代イスラエルのダビデ王の盾を描こう」とデザインを提案。のちに、細かい点を修正して現在の旗となりました。

イスラエル建国の父、テオドール・ヘルツル


テオドール・ヘルツルは、ハンガリーのブダペストでユダヤ人の両親から生まれました。ウィーン大学で法学を学び博士号を得り、1891年にウィーンの新聞のフランス特派員となりますが、フランスで起こったドレフュス事件を目撃したことで、考えが変わります。
※ドレフュス事件は、1894年にフランスで起きた、当時フランス陸軍大尉だったユダヤ人のアルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕された冤罪事件です。


いまだ根強いユダヤ人に対する偏見に遭遇してショックを受けたヘルツル。また当時の東ヨーロッパのユダヤ人迫害(ポグロム)や、反ユダヤ主義的大衆運動に接する中で、「ユダヤ人は自分の国を持たない限り、決して安心して生きていけない。」と考えるようになります。政治的シオニズムの創設者であったモーゼス・ヘスの影響も受け、35歳のとき、『ユダヤ人国家』という論文を発表して、ユダヤ人国家の建国を説き始めます。

第1回シオニスト会議では、各国のユダヤ評議会によって選出された代表200人が参加する中、ヘルツルの威厳のある立居振舞いは「ユダヤ人の王」とさえ呼ばれるほどだったとか。1904年、心臓病で44歳にして死去しましたが、その遺志は多くのユダヤ人に受け継がれることとなりました。


参考記事:テオドール・ヘルツルによるシオニスト運動の始まり


イスラエルの歴史


イスラエルは、アブラハムが神から与えられた「約束の地」といわれ、アラブ文化圏の中のユダヤ人の民族的孤島となっています。また、イスラエルの首都エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教3宗教の最大の聖地で、世界最古の都市のひとつです。

シオニズム運動に基づき、第二次世界大戦後の1948年に約2000年ぶりにパレスチナの地に国家を再建した結果、先住していたアラブ人との間で対立が先鋭化し、以後4度にわたる中東戦争が勃発しました。


  • 紀元前11世紀末、イスラエル王国が建国される。
  • ダビデ王、ソロモン王の治世の後、南北に分かれたが、北部のイスラエル王国は紀元前722年に、南部のユダヤ王国は紀元前586年に滅びる。
  • 2世紀、ユダヤ人は散りぢりになり、後にアラブ人の入植、オスマン帝国による支配が始まる。
  • 19世紀後半、散らばったユダヤ人により郷土復帰運動(シオニズム)、ユダヤ人国家建国の動きが高まる。
  • 第二次世界大戦後の1947年、国連総会でのパレスチナ分割案により、1948年にイスラエルを建国するが、アラブ諸国の反発から、4次にわたる中東戦争が起こる。
  • 1979年にエジプトと平和条約、1993年にパレスチナ解放機構とのオスロ合意、1994年にヨルダンとの平和条約を結び、アラブ諸国との関係改善をしたものの、アラブ人地域への入植を進め、和平への歩みは進んでいない。

パレスチナ問題とパレスチナ自治政府の旗


パレスチナ自治政府の旗

1964年にPLO(パレスチナ解放機構)の旗として採用された、典型的な汎アラブ色の旗。は暗い過去、はイスラム教の純粋さ、はイスラムの伝統、はパレスチナ人の勇気をあらわします。


パレスチナは、ヨルダン川西岸地区と、地中海に面するガザ地区から構成される地域です。1948年、ユダヤ人がパレスチナにイスラエルの建国を宣言すると、パレスチナ人(パレスチナに住むアラブ人)を支援するアラブの国々とイスラエルの間に争いが生まれ、戦争やテロが繰り返されてきました。
現在も両地区では、イスラエルの入植活動や占領政策などによって、実質的な面積が縮小し続けています。


参考記事:パレスチナ問題とは|パレスチナ子どものキャンペーン
参考記事:「トランプ和平案」が突きつけた中東の新たな現実|中東解体新書|NHK


※パレスチナは国際連合には未加盟ですが、2019年5月時点で137の国連加盟国が国家として承認しています。日本政府は、将来の承認を予定したパレスチナ自治政府として扱っていますが、「イスラエル国の一自治区」として扱っているわけではありません。1977年、PLO東京事務所開設以降、パレスチナに対しての経済支援や、イスラエルとの二国間における紛争解決の協議、議員外交等を行っています。


イスラエルの国データ


正式名称 イスラエル国
英語表記 State of Israel
漢字表記 以色列
首都 エルサレム
略号 ISR
面積 2万2000㎢(四国とほぼ同じ)
人口 888万人

通貨 新シェキル
言語 ヘブライ語、アラビア語
民族 ユダヤ人、アラブ人、その他
宗教 ユダヤ教、イスラム教、キリスト教など
独立年 1948年にイギリスから独立
国旗の比率 8:11
在留邦人数 997人

Information


イスラエル国旗(3:5)


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