北朝鮮


国旗のデザインの由来


は革命で流された血と不屈の闘争精神を、は独立主権と平和を、は輝ける歴史的文化を持つ朝鮮民族や英知、勤勉、勇敢さ、愛国心などをあらわします。

また、で描かれたは、朝鮮民族の進むべき方向、つまり、故・金日成(キム・イルソン)主席が掲げた「主体思想(またはチュチェ思想)」にもとづく独自の共産主義国家の建設を示しています。

赤と青の配色は、韓国(大韓民国)太極旗(テグキ)🇰🇷と同様に、古くから朝鮮民族の伝統的な色とされてきました。星の背景に置かれた円形も、陰陽思想のシンボルとして描かれたもので、宇宙生成論の概念である太極(たいきょく)の影響を強く受けています。

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が建国された1948年に制定されたこの国旗。実は、紋章学・旗章学の視点から見ればまさに見本のようなデザインとされ、世界の国旗研究者から高い評価を受けているのです。それはこのような理由からです。

  • 朝鮮の伝統的な色である、赤と青を基調としたデザインであること
  • 赤と青の原色が、直接隣接することなく白いラインを活用していること
  • 星をやや旗竿側に寄せることで、外で掲揚するときに勢いの出るデザインになっていること

1992年には、国旗の製作と使用・掲揚・保管方法を定めた「国旗法」が制定・交付されました。(その後、数回改正)


ちなみにこの国旗をデザインした金枓奉(キム・ドゥボン)は、建国初期は国家元首にまでなった人物ですが、1958年頃に粛清されたと推測されています。


北朝鮮の国名について

古代中国人が、朝鮮半島の北部一帯を「朝光鮮麗(朝の光が美しい土地)」と称えたことに由来。


朝鮮半島と北朝鮮の歴史


北朝鮮は、朝鮮半島北部を占める社会主義国家です。古くから隣国中国の影響を強く受けながら、独自の文化を築いてきました。

幕末以来、日本と朝鮮の関係は途絶えていましたが、明治政府は国交の回復をはかります。しかし受け入れられず、1875年、日本は江華島事件(江華島沖で日本と朝鮮の間で起こった武力衝突事件)を機に朝鮮に迫り、翌年日朝修好条規を結んで朝鮮を開国させました。

その後軍事的圧力を強めた日本は、日露戦争に勝利した後の1910年、大韓帝国を併合し朝鮮半島を日本の領土とします。日本による朝鮮半島の支配は、太平洋戦争の終戦まで35年に及びました。


雲揚号兵士朝鮮江華戦之図(1877年 木版画 / 想像図)

戦後は、朝鮮半島の北緯38度線を境に、北はソ連、南はアメリカが事実上の支配を行いました。

東西冷戦が進む中、朝鮮は南北に分断され、北に北朝鮮、南に大韓民国が生まれ、1950年には朝鮮戦争が勃発します。この戦争は膠着状態となり、ソ連大使の提案によって1963年に休戦協定が結ばれ停戦となりました。しかし韓国政府はこの協定に署名を行っておらず、朝鮮戦争は現在にいたるまで正式には終わっていません。

現在、北朝鮮は日本との国交はないものの、国連やIOC(国際オリンピック委員会)には加盟しています。


  • 中国の前漢の武帝の時代に、朝鮮に4郡がおかれた。3世紀に氏族国家が形成されると、4世紀からは高句麗・新羅・百済の三国時代が始まる。7世紀に新羅が統一するが、935年に高麗が新羅を滅ぼす。
  • 13世紀にはモンゴルの元朝の支配を受け、元が日本へ遠征(元寇・げんこう)したときには高麗からも軍を送る。
  • 1392年、李成桂(りせいけい)によって新たに朝鮮(李朝)が建国される。1443年には現在も使われるハングル(訓民正音・くんみんせいおん)を定める。
  • 16世紀後半には豊臣秀吉による2度の侵攻を受けるが、中国からの援軍もありこれを撃退。
  • 19世紀になると、欧米諸国から開国や通商を求められ、また日本の軍事的圧力が始まり、1876年に日朝修好条規を結んで開国。
  • 1894年から始まる日清戦争で日本が中国に勝つと、1910年に日本の植民地として併合される(韓国併合)。
  • 1945年に太平洋戦争が終わった後、朝鮮半島をアメリカとソ連が分割して管理することになり、朝鮮半島の北緯38度線より北をソ連が占領した。
  • 1948年、大韓民国(韓国)の成立に続いて、金日成(キムイルソン)を首相として朝鮮民主主義人民共和国が成立する。
  • 1950年には朝鮮戦争が起こり、一時は韓国を朝鮮半島の東南の端まで追い詰めるが、アメリカを中心とする国連軍の介入や中国人民軍の参戦があり、1953年に休戦協定を結び、現在まで休戦が続いている。
  • 2003年には核開発問題をめぐり、アメリカ、中国、ロシアなどの諸国と北京で六者会議を行った。
  • 核問題をめぐっては、2017年の核実験とミサイル発射を経て、2018年に南北首脳会談、アメリカとの首脳会談が行われた。

キム・イルソン将軍伝説と金成柱


金日成を讃えるプロパガンダ・ポスター


北朝鮮の初代最高指導者、金日成(キム・イルソン)は、本名を金成柱(キム・ソンジュ)といいます。
金成柱は18歳のとき、南満州で抗日武装団に参加し、その後ソ連軍の大尉になりましたが、結局終戦まで日本軍と戦うことはなく、訓練だけを受けていました。

のちの1945年、朝鮮半島は、日本の敗戦とともに植民地から開放されましたが、終戦間際にソ連が突如、日ソ不可侵条約を一方的に放棄して参戦し、満州や朝鮮半島を制圧します。
ソ連の最高指導者スターリンは、朝鮮半島北部に自分たちの言うことをきく衛星国家を成立させようとしました。そして1948年、朝鮮民主主義人民共和国が成立し、ソ連軍大尉だった金日成(金成柱)が初代首相に任命されました。

このとき、彼らが『キム・イルソン伝説』なるものを利用したという、「金日成ニセモノ説」があります。

「キム・イルソン」の名はもともと、抗日戦の伝説的英雄として知られる有名な将軍の名前だったそうです。つまりソ連が、実際の英雄とは別人の、金成柱という無名の大尉を連れてきて、「この方が伝説のキム・イルソン将軍です。」とし、北朝鮮の指導者に仕立て上げた-。といわれているのです。

金日成(金成柱)が最高指導者になった後、伝説はより神々しいものになっていきました。

北朝鮮の子供たちが、金日成について学ぶための本『白頭山伝説集』には、「将軍様は縮地法(テレポーテーションのこと)を使い、変身術、忍術、昇天入地(空に昇り地にも入ること) などの術法に長け、天文地理にも明るく、千里離れたところからも日本軍の動きを掌を見るように把握される。」といった表現が多数綴られています。

とはいえ、2011年に金正恩(キム・ジョンウン)氏が第3代最高指導者になってからは、「金日成主席は実はテレポート能力を持っていなかった。」と北朝鮮メディアが公式に認めるなど、プロパガンダが以前より現実味のあるものに変わってきたともいわれています。


金日成を指揮官として称える壁画


北朝鮮の国データ



正式名称 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)
英語表記 North Korea(Democratic People's Republic of Korea)
漢字表記 北朝鮮(略記:朝)
首都 平壌
略号 PRK
面積 12万㎢(日本の約33%)
人口 2515万5000人


通貨 ウォン
言語 朝鮮語
民族 朝鮮民族
宗教 仏教徒連盟、キリスト教連盟などの団体があるとされるが、信者数などは不明
独立年 1945年に日本から独立
国旗の比率 1:2
在留邦人数 -

Information


北朝鮮国旗
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